相殺ってよく出題されますけど、実際何を考えればいいかよくわからないんですよね。
相殺のポイントは要件と差押え、時効の関係性をつかむことさ。相殺は非常によく出題される分野だから、しっかり理解していこう!
相殺は試験に非常によく出題される分野です。とはいっても、債権総論ではがっつり学習しますが、試験で出題される場合は「主となる論点」に付属してさらっと登場するだけのことが多いです。そのため大きく相殺が問題になることは少ないでしょう。
とはいえ、重要な点を理解していなければ始まりません。何事も基本をしっかりはっきり押さえておくことが大事ですからね。
今回は民法において、いや法律全部分野において、非常に重要な、相殺について学習します。
相殺のポイント
相殺とは何か?をまず押さえましょう。どのような場面に使われどういうものなのかを知るのがまず大事です。
そのうえで、相殺の要件についてみていきます。
そして相殺の論点である、相殺と消滅時効、相殺と差押えについてみていきましょう。
①相殺とは何か?を理解する。
②相殺の要件を理解する。
③相殺と消滅時効の論点を押さえる。
④相殺と差押えの論点を押さえる。
それでは見ていきましょう。
相殺とは自働債権と受働債権の対当額の消滅である
自働債権・受働債権とは?
相殺を一言でいうと、自働債権と受働債権の対当額の消滅です。
けど自働債権って何?受働債権って何?となりますよね。
わかりやすくいえば、
債務者が自己の債権者に対する債権の分、債務を消滅させること
をいいます。
この際の相殺の意思表示をする者がもつ債権を自働債権(自分から相手への債権)、相殺の意思表示を受ける相手方がもつ債権を受働債権(相手から自分への債権)というわけです。
この自働債権・受働債権という言葉は今後よく使うのでしっかり理解するようにしましょう。
また字にも注意してください。自動債権ではなく自「働」債権、受動債権ではなく受「働」債権です!
下の図で考えるとよくわかると思います。
あくまで相殺をする人側の視点を中心に考える点は注意してください。相殺の意思表示をする側が「受ける」債権を「受働債権」と言い、相殺の意思表示をする側が「持つ」債権を「自働債権」と言います。
たとえば債権者が100万円の債権を持っていた場合に、債務者が債権者に対する30万円の債権で相殺する場合を考えてみましょう。
まずこの場合、100万円の債権と30万円の債権どっちが受働債権で自働債権かわかるでしょうか?
相殺の意思表示をする側を視点にするんでしたね。今回は債務者側が相殺をするので、100万円が受働債権で30万円が自働債権ということになります。
相殺の効果
そして相殺の意思表示をするとどうなるのか、下図で確認しましょう。
相殺は対当額分消滅させる効果をもちます。全額消滅させるわけではありません。
相殺の効果・効力の条文(民法505条・506条)
まずは相殺の要件より先に相殺の効果・効力についてみていきます。民法505条1項、民法506条2項です。
(相殺の要件等)
第五百五条 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
2 前項の規定にかかわらず、当事者が相殺を禁止し、又は制限する旨の意思表示をした場合には、その意思表示は、第三者がこれを知り、又は重大な過失によって知らなかったときに限り、その第三者に対抗することができる。
(相殺の方法及び効力)
第五百六条 相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件又は期限を付することができない。
2 前項の意思表示は、双方の債務が互いに相殺に適するようになった時にさかのぼってその効力を生ずる。
先ほどの図で確認したように、相殺の意思表示をすれば、相殺によってその債務を免れることができるとされています。
つまり、相殺をすれば自動債権分は債権が消滅するというわけです。
さらに、相殺には意思表示が必要なのですが、相殺が認められると、遡及的に効果が発生します。相殺適状(相殺の要件がそろった時点)まで効果がさかのぼるので、相殺適状(相殺の要件がそろった時点)から対当額分の受働債権は消滅したことになるのです。
相殺制度の趣旨(簡易決済的機能・当事者間の公平・担保的機能)
相殺制度の趣旨は、民事訴訟でもよく出題される分野です。この点がすべて以下の論点に関わってくるので、よく理解しておきましょう。
相殺制度の趣旨、なぜ相殺が必要とされるかの理由は複数存在しますが、最低でも覚えておきたいのは2つです。
〈相殺制度の趣旨〉
①簡易決済機能
②当事者間の公平
②担保的機能
①簡易決済機能とは、簡単に相手方との取引を終了できるということです。相殺ができなければ、一度相手方に払って、また別で自分の債権を請求していくことになります。普通に考えても二度手間ですよね。相殺はそのような二度手間を解消するものなのです。
②当事者間の公平とは、互いに公平な解決ができるという意味です。たとえば相殺が認められなければどちらかの債務を先に履行させることになります。自分が履行したとしても相手方がちゃんと債務を支払ってくれるとは限りません。しかし相殺なら相殺の意思表示さえすれば対当額分は消滅するので、「公平に」決済をすることができるのです。
②担保的機能とは、債権回収のための有力な手段として機能するということです。相殺をする債権者側を想定してみましょう。相手側が無資力になった場合は通常は債権を回収できなくなりますが、相殺を行使すれば受働債権分を消滅させられるという利益が相殺する債権者側にあることになります。
つまり、一定の債権回収を行うことができたというわけです。
債権を回収できるという、債権者側からの視点もあるということを知っておきましょう。この担保的機能の趣旨を生かしているのが最後に検討する差押えと相殺の箇所です。
相殺の要件(相殺適状+意思表示)
相殺適状(民法505条1項)
相殺の要件は相殺適状と意思表示です。
相殺適状とは、相殺に必要な4つの要件がそろったときのことを言います。ではその4つの要件は何なのか?
要件を考える際には何を見るんでしたっけ?
そう、条文ですね。相殺の条文は民法505条1項になります。
(相殺の要件等)
第五百五条 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
細かく分解すると以下のとおりです。
〈相殺適状の要件〉
①両債務が対立
②両債務が同種
③両債務が弁済期
④債務の性質が相殺を許していること
④はそれほど気にしくなくて大丈夫でしょう。自働債権に抗弁権が付いていれば④が満たされず相殺ができないことになりますが、ここらへんは少し応用的になります。とりあえずは①~③を考えるようにするとよいです。
また、試験問題で「この場合相殺使えそうだな―」という場合に相殺の発想が出てくると思いますが、その発想のもとになるのは①があるからです。相殺の対象となるのはほとんど金銭債権(同種)なので②も問題ありません。
というわけで基本的には③両債権の弁済期が到来していることに注意を払っていればよいことになります。なお、自働債権の弁済期が到来している場合には、相殺を主張する側は、受働債権の弁済期が到来していなくても、期限の利益を放棄して相殺の主張をすることができます。
期限の利益は債務者にあるので、債務者はいつでも期限の利益を放棄して、その債務の弁済期を到来させることができるのです。
相殺の意思表示(民法506条)
相殺適状にあるだけでは相殺の効果は発生しません。時効には時効の援用まで必要なのと同じです!
相殺の効果を発生させるためには、相殺適状+相殺の意思表示が必要です。このことは民法506条1項に書かれています。
(相殺の方法及び効力)
第五百六条 相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件又は期限を付することができない。
またその意思表示には条件・期限をつけることがないという点も押さえておきましょう。
相殺の要件
以上を踏まえると相殺の要件はこのようになります。
〈相殺の要件〉
①両債務が対立
②両債務が同種
③両債務が弁済期
④債務の性質が相殺を許していること
⑤相殺の意思表示
消滅時効と相殺
さて論点を軽く押さえていきます。まず消滅時効と相殺です。
相殺ができる場面で、自働債権・受働債権の消滅時効が完成してしまいました。その場合、相殺が優先されるのか?消滅時効が優先されて相殺ができないのか?という問題があります。
いろいろな考え方がありますが、ここでは理解の仕方だけを覚えましょう。
〈消滅時効と相殺の覚え方〉
消滅時効期間満了VS相殺適状(≠相殺)
消滅時効満了と相殺適状どちらが早かったかを考えます。
なお条文も存在します。民法508条です。
(時効により消滅した債権を自働債権とする相殺)
第五百八条 時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる。
注意してほしいのは、相殺適状を比べるのであって、相殺の意思表示をした時点(相殺の完全な要件がそろった時点)を比べているわけではないということです。
上図のように、相殺適状が時効満了より際の場合には相殺の方が優先するというわけです。
何度も繰り返しになりますが、相殺と時効の援用を比べるのではなく、相殺適状と時効満了時点を比べましょう!
差押えと相殺
改正民法により詳しく規定された部分です。条文に詳しく書かれているので正確に読み取るようにしましょう。
差押えと相殺が問題となる場面
差押えと聞いても、初学者の方はなじみがないと思います。そのため、まずどのような場面でこの論点が出てくるのかを理解しましょう。
差押えとは、債権者が債務者の債権について処分できないようにすることです。その後に換価をすることで債権者は債権を回収していきます。
では差押えの場面で相殺をしようとしていたらどうなるのでしょうか。
この場面で、第三債務者が、自身の持っている債務者への債権を用いて、相殺をしようとします。
さて、差押えは、それ以上処分ができませんでした。そうであれば相殺はできないのでしょうか?ここで差押えと相殺という論点で出てくるのです。
差押えの前に取得した債権を用いた相殺は可能
結論を言いますと、まず、
差押えの「前」に取得した債権であれば相殺は可能です。
気を付けてほしいのは差押前に「取得した」債権であるということです。別に弁済期に到来している必要はありません。債権が成立していればいいのです。
このことは民法501条1項です。
(差押えを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止)
第五百十一条 差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することはできないが、差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる。
ポイントは、条文の取得した債権は、取得した「自働」債権と読むことです。差押えされるのは受働債権のはずであり、相殺権をもつ者が相殺を主張する際にどちらの債権をもとにするかといえば、自働債権なので、差押え前に「取得した」自働債権なら相殺ができると読むことになります。
〈差押えと相殺の覚え方〉
差押えの時期VS自働債権を取得した時期
を考えるということを理解しましょう。
差押えの後に取得した債権は原則相殺できない
逆に、差押え後に取得した自働債権をもとにしての相殺はできないことになります。
このことは先ほどの民法501条1項のはじめの方にも書かれていましたね。
(差押えを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止)
第五百十一条 差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することはできないが、差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる。
ところが、その例外が民法501条2項に書かれています。
(差押えを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止)
第五百十一条
2 前項の規定にかかわらず、差押え後に取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、その第三債務者は、その債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる。ただし、第三債務者が差押え後に他人の債権を取得したときは、この限りでない。
差押えの前の原因に基づいて生じた差押え後の自働債権の場合には、例外的に相殺ができるというものです。
この差押え前の原因の考え方については学説の対立があり、なかなか難しい面があります。
ここに深入りしてしまうと、差押えと相殺について、差押え「前」の債権で相殺できるのは「例外」なのに、差押え前債権で相殺できることが「原則」であるように捉えてしまう危険性があります。
そのため、今回は飛ばします。気になる方は各自基本書等で確認してみてください。
注意点としては「原則」を知っておくこと。
原則はあくまでも、「差押え後に取得した自働債権では相殺できない」というものです。注意しましょう!
まとめ
相殺についてみてきました。
相殺の要件をしっかり覚えることが第一目標です。覚えていますでしょうか?
〈相殺の要件〉
①両債務が対立
②両債務が同種
③両債務が弁済期
④債務の性質が相殺を許していること
この要件をしっかり理解したうえで、論点を理解すれば大丈夫です。
とはいえ、相殺ががっつり問題になることは稀です。基本的には大きな論点に付属する形で出題されます。問題演習を積んでいくようにしましょう!
参考文献
債権総論では初学者にもおすすめのとてもわかりやすい基本書があります。有斐閣ストゥディアの債権総論です。
改正民法に完全対応ですし、事例や図解、章ごとのまとめもあるのでとてもわかりやすい基本書になっています。ぜひ読んでみてください。