結局どの説がいいの?判例通説で因果関係を解説してみた【刑法総論その2】

刑法総論②刑法

刑法総論は一般的な刑法罪責の検討の流れを勉強するのですが,最初の山場が「因果関係」です。

ここでもう一度検討の流れを思い出してください。結果→行為→因果関係→……と検討していくんでしたよね。詳しくは以下の記事をご覧ください。

刑法の論述の書き方【刑法総論その1】
はじめに刑法総論は個人的に好きな分野です。なぜなら体系がはっきりしているからですねー。考える手順がはっきりしているからそれによって考えていけばおのずと結論は出る,的な感じです。科目計画は,民法総則とこの紹介文を含めて15回で行こう...

ではなぜ因果関係が最初の山場なのか?それは結果と行為はわかりやすいからです!

結果はほとんど論点になることはありません。行為も未遂犯等では問題になりますが,単独に問題になることはほとんどありません。

よって,はじめての刑法総論では「因果関係」について考えていこうと思います!

因果関係のポイント

①事実的因果関係と法的因果関係を検討するということがわかる。
②相当因果関係説について理解する。
③相当因果関係説の危機についてわかる。
④危険の現実化説について理解する。
本記事では上記4点を目標に進めていこうと思います。

因果関係は事実的因果関係と法的因果関係を考えよ

刑法の因果関係はまず「事実的因果関係」を検討し,事実的因果関係をクリアした場合「法的因果関係」を検討します。両方クリアしてはじめて,因果関係ありといえるわけです。

事実的因果関係とは条件関係

事実的因果関係っていきなりいわれても何?となりますよね。事実的因果関係という文言は覚える必要はありません。事実的因果関係とは一般的な因果関係のテストのことだと思ってください。つまり刑法独自の因果関係テストではなく,一般的に「因果関係ありますか?」という問いに対しての考え方なのです。

たとえば,「たくさん食べたから,おなかが痛い」という問題を考えてみましょう。「たくさん食べたこと」と「おなかが痛いこと」との因果関係はありますか,といわれた際,皆さんはどう証明しますか?

意外と難しいですよね。ここで事実の因果関係を判断する方法として有名な条件関係を使うわけです。条件関係とは「AなければBなし」といえればAとBは因果関係があるといえる,というものです。

上記例にあてはめると,「たくさん食べなければおなかが痛くならなかった」かどうかを検討します。これが言えれば,「たくさん食べたこと」と「おなかが痛いこと」の因果関係がいえるわけです。

これで日常生活では,因果関係があるといえるわけです。簡単じゃん!と思いましたか?しかし,刑法というものはさらにこれに次のハードルを課しているからやっかいなのです。

法的因果関係

条件関係だと因果関係が認められる範囲がかなり広くなります。たとえばおじさんに飛行機のチケットをわたしたら,その飛行機が偶然事故にあっておじさんが亡くなった事例を考えてみましょう。

事実的因果関係の条件関係を考えると「おじさんに飛行機のチケットを渡さなかったら,おじさんは亡くならなかった」といえるので因果関係ありとなってしまいます。しかしこれではあまりに不自然ですよね。
※実際は行為,故意等の刑法の他の検討要素により犯罪を否定できる可能性は残りますがここでは深入りしません。

そこで刑法は一般的に用いられている因果関係判定方法の事実的因果関係(条件関係)とは別に法的因果関係として別のテストをする必要があると考えました。法的因果関係については次の見出しで説明してい見ます。

事実的因果関係っていらないのでは?

このように理解すると,法的因果関係だけ検討しさえすればよくね?と思うかもしれません。たしかに論述の問題で,字数削減のために事実的因果関係の検討を省いたりすることもあります。しかし事実的因果関係の検討は必要ではないという理解はあやまりだと私は考えます。

そもそも事実的因果関係は我々社会一般に認められてきた因果関係判断方法です。なにも刑法特有の考えではありません。となると,事実的因果関係は,我々社会で通常因果関係ありとなりうるものを選別するフィルターとして機能するわけです。

法的因果関係は刑法が特別に用意したツールです。それを用いる前に,社会一般としての基準で因果関係を考えるべきであると思います。

条件関係が認められる=一般的に因果関係が認められる状況下で,さらに,「法的に」因果関係が認めるかを検討するのが理論的であると考えられるので,少なくとも頭の中ではこのロジックでいるといいと思います。

刑法の因果関係の問題は①事実的因果関係として条件関係を考え,クリアしたら②法的因果関係を検討する。

法的因果関係の代表格 相当因果関係説

因果関係の検討で条件関係が認められたら,次に法的因果関係を検討します。この法的因果関係の判断基準として有名なのが相当因果関係説です。

相当因果関係説の中にも客観説や主観説等さまざまな学説がありますが,今回はわかりやすさを第1に考え,折衷的相当因果関係説について説明します。

「折衷的」といっても何も難しいことはなく,折衷的相当因果関係説とは「一般人の経験上+行為者が特に認識していた事情から相当といえるかどうか」を判断するものです。「一般人から」と「行為者自身から」相当かどうかを判断するんですね。

たとえば,喧嘩をしていて殴ったら殴った相手が傷害を負った場合を考えてみましょう。

一般人の経験上,人を殴ったら傷を負うというのは相当といえます。よって相当因果関係が認められます。(もちろん,殴らなければ傷害を負うことはなかったので条件関係(事実的因果関係)は認められることが前提です)

ここでのポイントは「相当」かどうかの判断は行為時に行われているということです。行為後に「この結果が起こるのは相当だね」といってもダメであり,行為時に結果が相当といえるかを判断していくことになります。

法的因果関係は,行為時に,一般人から+行為者自身から相当かどうかを考える(相当因果関係説)。

大事件⁉ 相当因果関係説の危機

これで事実的因果関係も法的因果関係も検討して,どちらも認められた場合は因果関係が認められたね,めでたしめでたしとなります。

ところが,ここである事件が起こりました。今までの法的因果関係説では考えにくい事件が起こったのです。これが有名な大阪南港事件です。

大阪南港事件

甲はVを暴行。脳出血を発生させ,資材置き場まで運搬し,放置した。その生存中,何者か(乙とします)によって角材で殴られ,幾分か死期が早められた。Vの死と甲の暴行との因果関係が問題となった。判旨では因果関係が肯定された。(最高裁平成2年11月20日参照)

これをこれまでの考え方で解いてみましょう。

①まず事実的因果関係があるかどうかを検討します。甲が暴行を加えなければVは死ななかったわけですから,事実的因果関係は認められるといえます。

②次に法的因果関係があるかどうかを検討します。(折衷的)相当因果関係説によれば,甲の暴行からVの死が発生したことが,一般人+甲から,行為時の判断として相当といえるかどうかを考えます。ここでVの死を考えると,Vは乙により角材で殴られたことにより死期が早まっていますよね。この死期はちょっとはやまった結果発生は,一般人の経験上+甲の認識上相当といえるでしょうか?

いえませんよね。甲の暴行時から相当性を欠く結果が発生したといえます。

この判例が出たときに相当因果関係説の立場の論者は焦ったわけです。説明できねー,と思ったわけです。そこでがんばって相当因果関係説でも説明しようとします。

結果を「Vが本来の死亡より前に死亡したこと」とするのではなく「Vが死亡したこと」と捉えるわけです。数分死期がはやまったという具体的な事情を抽象化するわけですね。

そうすると,甲の暴行からVの死という結果が発生したのは相当であるといえたわけです。

しかし,なぜ本来因果関係は具体的事実について考えるのに抽象化するのかわからない。抽象化するとしてもどれくらい抽象化するのかわからない,といった問題点がでてくるわけです。

救世主 危険の現実化説

ここでこの判例を説明できる理論が登場します。危険の現実化説と呼ばれるものです。

相当因果関係説の弱点は,行為後に介在事情があった場合,相当性は否定されるのでうまく因果関係を説明できないことにありました。いわば行為後介在事情型のケースは相当因果関係説の弱点だったわけです。これは相当因果関係説が行為時を基準にすることからもわかると思います。

危険の現実仮説は①危険が②現実化したかで寄与度を考えよ。

危険の現実化説は簡単です。文字通り①行為に危険があるかどうか②それが結果に現実化したかどうかを考えます。

めちゃくちゃわかりやすいですよね。では介在事情がある場合はどうなるかというと,それぞれの行為の寄与度で判断して危険が現実化したといえるかを考えるわけです。

たとえば,大阪南港事件で,甲の暴行の結果への寄与度が60,乙の暴行の寄与度が40としましょう。

この場合甲について暴行の①危険が②Vの死の結果に現実化したといえるので,甲の暴行とVの本来より数分前の死は因果関係が認められるわけです。事後的に客観的に結果と行為を考えるので抽象化といった問題は生じないわけです。

ここで介在事情の40%とかってどう判断すればよいのか疑問に思うかもしれません。その時の考慮要素としてよくいわれるのが①危険度②介在事情の異常性です。

つまりもともとの行為の危険性,介在行為の危険性,介在事情の異常度の3点を主に考慮していくことになります。

危険の現実化説では,行為の危険性が結果に現実化したかを事後的に判断していく。介在事情のある場合は,行為の危険性,介在行為の危険性,介在事情の異常性を判断してそれぞれ寄与度の割合を考えてどの行為に結果を帰属させるかを考える。

じゃあ乙は無罪なの?

ここで乙は無罪になるのかも検討してみましょう。上記説明よりVの死の結果は甲の行為に帰属されました。そのため乙は角材で暴行したが,死の結果は帰属されず,せいぜい傷害罪となるのではないかと思うかもしれませんね。

しかし,これは誤りです。そういう学説もありますが,基本は乙も殺人罪になります。なぜなら,先ほどの検討は甲の罪責について考えただけであり,乙は別問題。つまり,乙は乙独自の事情に基づいて判断されるからです。

乙について検討する際は,乙の暴行と死の少しはやまった時間の死亡(乙からしてみれば適当な時間の死亡)を問題にするわけですから,事実的因果関係はもちろんのこと,法的因果関係も,相当因果関係説,危険の現実化説どちらに立っても認められることになります。

間違いやすいポイントなので注意してください。

まとめ

刑法の因果関係のポイントをまとめました。かなり簡略化したり判例に触れていない部分もありますが,はじめての方はこれくらい押さえれば基本は大丈夫だと思います。あとは各自基本書や判例書等で深く学んでいってください。私も勉強頑張ります。

1,刑法の因果関係は事実的因果関係と法的因果関係を考える。事実的因果関係は条件関係をもとに「AなければBなし」を考える。事実的因果関係が認められば法的因果関係を検討する。
2,法的因果関係についてかつては相当因果関係説が主流だった。折衷相当因果関係説は行為時に一般人から,行為者から,相当といえるかどうかを考える。
3,大阪南港事件により,相当因果関係説では説明しにくい事態が生じた。そこで危険の現実化説が一般的に用いられている。
4,危険の現実化説は行為の危険が結果に現実化したかを考える。その際,介在事情があればそれぞれの行為の寄与度を危険性や異常性により判断してどの行為に結果を帰属させるか考える。
読んでくださってありがとうございました。ではまた~。

 

参考文献

基本刑法はわかりやすく、事例に沿って話が進められているため、初学者でも勉強しやすい作りになっています。司法試験まで対応できるのでおすすめです。

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