刑法の故意や具体的事実の錯誤についてわかりやすく検討【刑法総論その3】

刑法総論③刑法

これまで,結果→行為→因果関係を検討することを説明してきました。これらの構成要件の客観的要件といったりします。犯罪の要件(犯罪成立要素)の客観的な検討ポイントということです。今回は故意について勉強し,それに付随する論点である錯誤について2回分通して検討していこうと思います。

 

故意は構成要件の主観的要件と呼ばれるものです。まぁ,犯人の主観(感情)を問題にするので当たり前といえば当たり前です。故意が認められないと故意が必要な犯罪は成立しない。これは自明なことを言っているようですが,意外と見落とすポイントでもあります。なのでしっかり故意のポイントを一緒に押さえていきましょう。

なお,故意が認められなければ次は過失の検討になります(ただし,過失に対する罪が規定されている犯罪に限る)。

故意のポイント

刑法は基本的に故意がないと罰しません。ただ例外として過失によっても罰せられるだけです。基本は故意がないとダメ,ということをしっかり意識しておいてください。

これを踏まえて今回のポイントは以下の通りです。

①故意とは何かがわかる。
②事実錯誤・法律錯誤の違いがわかる。
③具体的事実の錯誤について理解する。
④因果関係の錯誤が何かわかる。

故意なのになんで錯誤が出てくるの?と思った方のいるかもしれませんが,それは故意独自が問題になることはあまりなく,故意が問題になるときは錯誤の場合が多いからです。

思っていたことと実際の結果が違った!じゃあ,故意は認める?認めない?という錯誤の論点で,故意の問題が生じます。なので故意と錯誤を一緒に取り扱います。

故意とは認識・認容である

故意についていろいろと学説で議論されていますが,一般的に故意とは客観的構成要件要素の事実の認識・認容である,と言われます。客観的構成要件とは,はじめで説明した結果・行為・因果関係のことだと思ってもらえば大丈夫です。これに客体や行為状況も含み,広く客観的事実と考えることもあります。

認識はわかるけど,認容って何?と思いませんでしたか?たしかに認容ってわかりにくい言葉ですよね。なので,こう理解しましょう。

認容=「かもしれない。」「やむを得ない」と考えましょう。

たとえば殺人罪について考えてみます。包丁で相手を刺してしまった場合を考えてみましょう。

相手を「殺そう」と殺意を持って行為に及んだ場合は,客観的構成要件要素の事実(死の結果など)に対して認識があるので故意は認められます。これはわかりやすいと思います。

では相手を積極的に「殺そう」とまでは思っていなくても,相手が「死ぬかもしれない」と思っていた場合はどうなると思いますか?

一見,殺意がないようにみえますが,客観的構成要件要素の事実(死の結果など)に対して認容しているので(「かもしれない」と思っているので)故意は認められるのです。

故意の性質

故意とは罪を犯す意識です。刑法では,法がこれをやっちゃダメですよーといっているものをわかっていながら,行為者がその行為をやってしまう場合に,その行為を罰しないといけないということから故意を認定しています。

つまりその行為に出ること自体がダメ,ということで故意を認めているのです。

殺人の場合も,法が「人を殺したらダメですよー」という規範があり,それをわかっていながら,殺人の行為に出たら,その殺人の行為に出ること自体の認識・認容殺人の故意を認めるとしているわけです。

これで故意の説明は終わりです!これだけで済めばいいものを,錯誤という問題があるのでちょっと続きます(泣)。

故意とは,客観的構成要件要素に対する事実の認識・認容である。認容とは「かもしれない,やむを得ない」と思う場合を指す。
故意は,法が禁止する行為に出ること自体の認識・認容があることを理由として認められる。

事実の錯誤か法律の錯誤かは一般人の評価で考えよ

錯誤とは不一致

錯誤とは,認識事実と実現事実とが食い違うこと(不一致)です。錯誤=不一致と覚えておくとわかりやすいと思います。

しかし,錯誤にも2パターンあり,その違いが問題になる場合があります。ただし,実際問題になる場合は少ないので軽く説明程度にとどめます。

事実の錯誤とは,行為者の認識していた犯罪事実と現実に実現した事実との不一致を言います。A(客体)のものを盗もうと思ってB(客体)のものを盗んだ場合は,犯罪事実(客体も客観的構成要素でしたよね)と実現した事実とが不一致(A≠B)であるので事実の錯誤ということになります。

法律の錯誤とは,実現した事実の違法性の評価と客観的違法性の評価の不一致を言います。わかりやすくいうと,「そんな法律があるって知らなかったー」「これが違法に当たるって知らなかったー」という場合です。

刑法は基本的に事実の錯誤の場合は当初の故意を認めず,法律の錯誤の場合は当初故意を認めます。ただしすぐ例外があるので「基本的に」と思っておいてください。

上記で,故意は法が禁止している行為に出ること自体の認識・認容があることを理由に認められると説明してきました。

ここで「殺人罪があることを知らなかったー」「人を殺したらダメって誰が決めたのー」と主張してもこれらは法律の錯誤なので,殺人罪の故意は否定されないわけです。

事実の錯誤と法律の錯誤の区別は一般人に求めよ

しかしながら,事実の錯誤と法律の錯誤の区別はまちまちではっきりしないことも多いです。学説でも何を基準にするのかで議論が分かれています。

もっともわかりやすいのが一般人レベルの認識を基準にするものです。

結局,法は一般人を対象としたものなので,一般人レベルで違法の要素をどの程度認識していればよいかがカギになります。

ここでたぬき・むじな事件を取り上げてみます。

捕獲が禁止されている「たぬき」を,別の動物である「むじな」と思って捕獲したら捕まった。一般にたぬきとむじなが同じ動物であると当時は知られていなかった。

「たぬき」という客体(客観的構成要件事実)という認識のもと,「むじな」という客体を捉えたという事実でみれば事実の錯誤です。

一方,「むじな」を捕獲することは違法ではないと思っていたが,実際法律はむじな=たぬきとして違法であったという違法性評価に不一致があると捉えた場合は法律の錯誤です。

この場合,一般人レベルで考えると,たぬき≠むじなと考えられていたわけですから,社会的に違法性がないといえ,事実に対しての不一致,つまり事実の錯誤といえるわけです。

具体的事情に即して一般人レベルで,社会的評価として違法性がないといえれば,事実の錯誤となるわけですね。

しかし,事実の錯誤と法律の錯誤が論点となる問題を見たことがありません!区別もあいまいなのであまり深入りしなくて大丈夫です。こういう違いがあるんだーくらい思っておけばよいです。

認識事実と実現事実の不一致が錯誤である。
事実の錯誤は基本的に故意を否定し,法律の錯誤は故意を認める。これらの違いは一般人レベルでの認識による。

具体的事実の錯誤

さぁ,ここからが本題です。さきほど事実の錯誤は基本的に故意は否定するといいましたが,3つほど例外があります。それが具体的事実の錯誤と抽象的事実の錯誤と因果関係の錯誤です。この記事では具体的事実の錯誤を取り上げます。

具体的事実の錯誤とは,認識事実と実現事実が同一構成要件内で不一致である場合をいいます。同一構成要件内とは先ほどの客観的構成要件と同じ意味です。つまり結果,行為,因果関係,客体,状況等です。

ただし,各罪の構成要件については各論で勉強するので,とりあえずは同一犯罪内での不一致と思っとけば大丈夫でしょう。

重要な対立として法定的符号説か具体的符号悦かがあるのですが,このシリーズではわかりやすさを極めたいので判例通説である法定的符号説に沿って解説します。

具体的事実の錯誤には客体の錯誤と方向の錯誤があるといわれていますが,法定的符号説のみ開設するのでこのシリーズでは触れません。

法定的符号説は犯罪が一致する限度で故意を認める

錯誤の重要ポイントは法定的符号説を理解することです。法定的符号説は構成要件的評価が一致する限度で故意を認めようとする説です。

けど,よくわかりませんよね?ここでは構成要件的評価=犯罪とざっくり考えて,犯罪が一致する限度で故意が認められるとする説だと簡略化して考えます。

ここでもう一度,具体的事実の錯誤を考えてみてください。具体的事実の錯誤は同一犯罪内での不一致を問題にした錯誤でしたよね。

つまり,法定的符号説に立つと,具体的錯誤の場合は故意を認める,といえるわけです。

改造びょう打銃事件

これを具体的事例で見てみましょう。

甲は殺意を持ってXに向けて銃を撃ったところ,Xに当たり,弾がそれて,近くにいたYにもあたった。XとYはどちらも死亡した。
(最判53年7月28日参照,改)

まず,Xに対しての行為を考えます。検討手順は覚えていますか?結果→行為→因果関係→故意でしたよね。

X死亡の結果があります。甲は銃を撃っています。銃を撃ったことと弾があたってXが死亡したことには因果関係があります。殺意もあり,故意も認定できます。他,違法性阻却要素,責任阻却要素も問題ありません(この点はのちの記事で書く予定です)。

よって,甲はXに対して殺人罪(199条)が成立します。

では,Yに対する行為を考えてきましょう。

Xは「Xに対しての殺意」をもって行為に及んでいました。そして,Yも亡くなったのです。これについて,XはYに対してではなく,Xに対して撃ったのであるからYに対する殺人の故意は認められない!と考えるかもしれません。しかしそれは間違いなのです!

もう一度考えてみましょう。これは認識事実「X殺害」と実現事実「Y殺害」とが不一致である錯誤の事例です。錯誤のときはその錯誤が何かを考えます。

今回はどちらも殺人罪についての錯誤です。よって同一構成要件内の錯誤であるから具体的事実の錯誤であることになります。

すると,具体的事実の錯誤は,法的符号説に立つと故意は阻却しませんので,Yの殺害という事実に対しても殺人罪の故意が認められるのです。

以上より,Yに対しても殺人罪(199条)が成立します。

法定的符号説をなぜとるのか納得いきませんか?実は故意の本質を考えれば法定的符号説をとる理由が明らかになります。故意の理由を思い出してみましょう。

故意は,法が禁止する行為に出ること自体の認識・認容があることを理由として認められる。

でしたよね。すると,甲は銃を撃つという行為にでた時点で故意は認められるのです。誰に当たろうがその行為をした時点で発生する責任はすべてあなたが負ってください,ということを法定的符号説は基本に据えているのですね。

これらの考えに対して,具体的符号説や一故意犯説がありますが,ここでは解説しません。各自基本書等で確認お願いします。

同一構成要件内(犯罪内)の錯誤が具体的事実の錯誤である。具体的事実の錯誤は法定的符号説によれば故意は否定しない。なぜなら,その行為に出た時点で故意はあると考えるからである。

因果関係の錯誤も故意は否定されない

最後に因果関係の錯誤について考えます。当初想定していた因果関係の認識と現実に発生した因果関係の事実とが不一致だった場合の問題です。

よくあげられる例として,溺死させるつもりで崖から突き落としたが,崖の下の岩にぶつかった衝撃により亡くなった。という場合があります。

この場合,殺人の結果や行為に不一致はないのですが,因果関係に錯誤があるわけです。この場合も法定的符号説を考えましょう。

法定的符号説は,同一構成要件内で一致する限度で故意を認める=犯罪内で故意は認める,と考えます。すると因果関係の錯誤の場合は同一犯罪内であるので,故意は否定されないことになります。

この点を捉えて,因果関係錯誤不要説も唱えられるくらいです。しかし,通説は因果関係の錯誤も一応問題になるとしていますので,一つの論点と考えておくとよいでしょう。

因果関係の錯誤で故意が否定されるとき

少し応用になりますが,因果関係の錯誤で故意が否定されるときはないのか?疑問になりますよね。例えば以下の事例を考えてください。

崖から落として溺死させようとしたが,崖が崩れて死亡した場合

この場合,因果関係が否定されるとも考えられますが,因果関係の錯誤として故意を否定することも考えられると思います。あくまで故意は客観的構成要件事実の認識認容です。到底予想しえない場合には予見可能性がないとして故意は否定されると考えられます。認容する対象する対象が考えられないということです。

といっても,ほとんどの場合他の要素で解決されそうなので,基本的には因果関係の錯誤は(構成要件が同じなので)故意は否定されないと考えておいて大丈夫です。

因果関係の錯誤は基本的に同一構成要件内であるから故意は否定しない。

まとめ

これまで故意,そして具体的事実の錯誤を見てきました。ポイントは何を認識し何が実現されたかです。これが一致していない場合は錯誤の問題になり,同一犯罪の認識と実現事実であれば具体的事実の錯誤となります。けっこう学説の対立や判例等を省いたので他は基本書等で確認よろしくお願いします。

①故意とは客観的構成要件事実の認識認容である。故意は法が禁止する行為に出ること自体を違法として認められるものである。
②認識事実と実現事実の不一致が錯誤であるが,錯誤には事実の錯誤と法律の錯誤がある。違いは一般人レベルでどの程度までの認識が必要かである。
④事実の錯誤のうち,認識事実と実現事実が同一犯罪内で不一致の場合は,具体的事実の錯誤になる。法定的符号説によれば故意は否定されない。
⑤因果関係の錯誤は故意は基本的に否定されない。

長くなってしまいましたが,読んでくださってありがとうございます。
ではまた~。

参考文献

記事の目的上,とても簡潔にまとめているので,もっと深めたい方は以下の基本書を参考にしてください。事例も多く、大変わかりやすいのでおすすめです。

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