憲法の自由権の中でもっとの議論が盛んなのは?
表現の自由です!
そうだね,表現の自由は,自己実現自己統治,表現の自由市場,検閲,内容中立規制,さらには集会の自由などなど,本当にたくさんの議論がなされているね。
さらに,公務員の関係では猿払事件が出てくるし,プライバシー権との衡量もあるから大変ですよね。
今回はオーソドックスな表現の自由の問題点を理解していくことにしよう。
表現の自由の論点は多岐にわたります。しかし,逆に言うと表現の自由をだいたい理解すれば憲法全体の自由権の捉え方が理解できるというものです。ここではオーソドックスな法令が表現の自由との関係で問題になる場合にどのような考え方をしていくのか順を追ってみていきましょう。
表現の自由(憲法21条)のポイント
表現の自由(憲法21条)の論点をマスターすれば,自由権についての憲法の答案の書き方をマスターすることができます。つまり,三段階審査論と違憲審査基準をマスターできるというわけです。
そのため,順を追ってポイントを見てみましょう。
③憲法21条の形式的正当化
④憲法21条の実質的正当化
表現の自由(憲法21条)の保護領域
二重の基準論
まず,二重の基準論の議論がここでも妥当します。二重の基準論とは経済的自由よりも精神的自由の方が手厚く保護されるというものでした。大事なのはこの理論よりもその理由です。理由は一般的に精神的自由は,民主政の過程であること・裁判所の審査能力に限界があることが挙げられることが多いです。
なお,二重の基準論は表現の自由が主流ですが,他の精神的自由に用いることができることもできます。以下の記事を参考にしてください。
自己実現・自己統治
表現の自由の保護領域を基礎づけるにあたって自由保障の根拠を挙げることになりますが,ここでよく登場するのが自己実現,自己統治です。
自己実現とは,自由な表現活動で個人の人格形成を実現するという機能のことです。そのため,表現を外部に表明することの自由が不可欠となります。
自己統治は,自己の意思に沿って統治されのが民主政という考えをもとにしています。民主主義の決定において表現の自由は必要不可欠であるということです。
思想の自由市場
また,思想の自由市場という考えもあります。これは,思想は自由な競争の中で戦わせ,真実の発見に努めるべきというだという考えです。
世の中にはさまざまな思想や考えがあります。その考えをあらかじめ制限されると自由な競争ではなく正しい真実が残らない可能性があります。そのため,思想や考えは制限されずとりあえず市場の中に出されるべきであり,その市場の競争の中で悪い考えは消滅し,よい考えが生き残る。ひいては真実が発見されることにつながるということですね。
表現の自由の種類
このようないかなる表現の自由が憲法21条の対象になるかをみてみます。
まずは条文から確認しましょう。
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
条文からわからないとすればあとは解釈に任せるしかありません。自己実現,自己統治,思想の自由市場の考え方を基にして判例を踏まえて考えると以下のような自由が保護領域に含まれることになります。
②知る自由
(③取材の自由)
さらに少し応用ですが,情報を集める自由(取材の自由)も憲法21条の精神に照らして(憲法21条から直接保障されるものではない)保障されるとした判例があります。
まとめ
二重の基準論の論拠となるのが自己実現,自己統治,思想の自由市場ですが,これらは表現の自由の保護領域を基礎づけるものであるとともに,表現の自由の重要性(正当化の段階で審査基準の際の参考になるもの)でもあります。使い分けすべきかどうかも難しい問題ですが,ここでは深入りしません。とりあえずは以下の内容が押さえられていれば大丈夫でしょう。
検閲は絶対的禁止である(憲法21条2項)。
表現の自由(憲法21条)の形式的正当化
形式的正当化とは?
さて,三段階審査論によれば,保護領域→制約の有無→正当化の流れをとります。制約はあることが通常ですので(そうでないと問題として成立しにくい),正当化の点が次の問題となります。
これまでの自由権は正当化は基本的に実質的正当化として違憲審査基準を設定してきました。これは形式的正当化はさほど問題にならない場合が多かったためです。しかし,表現の自由は形式的正当化も大事になります。というのも明確性の理論があるためです。さっそく見ていきましょう。
表現の自由が問題となる法令は明確性の理論も検討せよ
明確性の理論とは,表現の自由を規制する法令はその規制対象が明確に規定されなければならないというものです。
明確性の理論を検討しなければならない理由は,自己統治,自己実現,思想の自由市場の考え方をもとにしています。一般的によくあげられる理由は,不明確な規制は表現活動たいして強い萎縮効果をもたらし,本来許されるはずの表現もなされなくなってしまう,というものです。
それでは,問題はどれくらいの明確性があればよいか?ですね。この点について具体的に述べた判例があります。
「一般国民の理解において,具体的場合に当該表現物が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読み取ることができるもの」
(最大判昭和59年12月12日 札幌税関事件)
難しく表現されていますが,簡単に言うと,一般人の理解で判断できる程度ということです。法律家ではない人でも法律を見れば,これは規制の対象になるなー,とか,これは規制の対象にならないなー,とかがわかるレベルの明確性が必要というわけです。
もし表現の自由との間で問題となっている法令が明確性に欠けるのであれば,その時点でその法令はアウト‼ということになります。
明確性については一般人の理解において判断できる程度のものが必要である。
表現の自由(憲法21条)の実質的正当化
検閲は絶対的禁止
さて形式的正当化をクリアすればいよいよ違憲審査基準を立てて考えることになります。この違憲審査基準を立てる際のポイントは人権の性質や規制態様,(裁量)でしたね。
実は,表現の自由(憲法21条)の場合には,違憲審査基準を立てるまでもなくアウト‼とされるものがありました。覚えていますか?
憲法21条2項より検閲はアウト‼なのです!これは例外なく絶対的禁止と理解して大丈夫でしょう。
では検閲とは何か?それは判例で表れています。
行政権が主体となって,思想内容等の表現物を対象とし,全部または一部の発表の禁止を目的として,対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に,発表前にその内容を審査した上,不適当と認められるものの発表を禁止することを,その特質として備えるものを指すと解すべき
(最大判昭和59年12月12日 札幌税関事件)
この定義はこれまで認められていたあらゆる規制と抵触しないように規定されているように感じます。そのため,この定義によれば検閲にあたるような規制はほとんど考えられません。
どういうことか,こちらを見てください。
→裁判所や映倫等がすれば検閲ではない
②思想内容等の表現物を対象とし,全部または一部の発表の禁止を目的として
→関税など付随的なら検閲ではない
③対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に
→一部の表現物のみは検閲ではない。ex)刑事収容施設の新聞黒塗りは検閲ではない
④発表前に
→すでに発表済みは検閲ではない
⑤その内容を
→方法なら検閲ではない
⑥審査した上,不適当と認められるものの発表を禁止すること
→教科書検定などは本としては出せるので発表を禁止したわけではないから検閲ではない
このようにあらゆる抜け道が容易されており,検閲に当たることは実際にはありえないというわけです。
しかし,この検討は判例でも見られるものであるため(さらに応用的に言うと審査基準の設定や適正手続,適用審査にも関連するため)重要です。
規制態様は事前か事後か,内容中立か内容規制かで変わる
人権の性質は保護領域で述べたことがほぼ重なります。問題は規制態様です。
まず事前規制(検閲とまではいかないが,情報発信前に規制しようとするもの)は厳格審査が用いられます。というのも思想の自由市場からもわかゆように表現の自由に対する侵害が著しいためです。
逆に事後規制は一段階落とすくらいに考えておくとよいでしょう(中間審査)。
また,内容規制(内容そのものに対する規制)は厳格審査となります。これは自己実現自己統治からわかるように,表現の自由そのものに対して侵害しているためです。
一方,内容中立規制(内容そのものに対する規制ではないが付随的に抵触しているもの)は本来は内容に対する規制ではなくたまたま表現の自由との関係で問題となっているだけであり侵害はそれほど大きくないと考えられます。そのた,一段階落とすくらいに考えておくとよいでしょう(中間審査)。
まとめ
検閲は絶対的禁止。
事前規制,内容規制の場合は厳格審査。規制目的が必要不可欠か,規制手段が必要最小限かを考える。
事後規制,内容中立規制の場合は中間審査。規制目的が重要か,規制手段に合理性,必要性,相当性(他に適当な手段)があるかを考える。
まとめ
以上,表現の自由(憲法21条)を見てきました。表現の自由の問題の考え方をマスターすれば,三段階審査論の考え方もほとんどマスターできるといってよいでしょう。
具体的には保護領域(自己実現・自己統治・思想の自由市場)→制約の有無→形式的正当化(明確性の理論)→実質的正当化(人権の性質,規制態様から違憲審査基準を設定する)という流れをマスターするというわけです。
もちろん,ここで公務員の問題となれば裁量(実質的正当化)の段階で一段階下がることになりますし,委任命令の場合は白紙委任かどうか(形式的正当化)の段階で問題が生じることもあります。しかしこの点は応用ではあるのでとりあえずはこの流れを理解していれば大丈夫でしょう。
読んでくださってありがとうございました。ではまた~。
参考文献
三段階審査論に沿って解説されている基本書を紹介します。憲法の答案の書き方の参考にもなると思います。憲法独特の答案の書き方に困っている方はぜひ参考にしてみてください。