弁論主義があるから,当事者からの主張がない場合には,裁判所は何もすることができないのかな?
えっと,たしか釈明権があったような……。
そうだね。裁判所には釈明権があって,それが弁論主義を補完する役割を持つといわれているんだ。今回はこの釈明権・釈明義務についてみていこう。
釈明権は,裁判所が当事者に説明させる権利のことです。裁判所は釈明権をもつとされています。しかし,釈明義務については何も規定されておらず,解釈でその範囲を考えていくしかありません。
今回は意外と複雑な釈明権・釈明義務についてみていきましょう。
釈明権・釈明義務のポイント
釈明権・釈明義務の役割についてまずは押さえておく必要があります。そのうえで,釈明義務と釈明権の関係性,釈明義務の範囲を検討していこうと思います。
③釈明義務の範囲を考える。
釈明権・釈明義務の役割
弁論主義を補完する役割
釈明とは,説明させる,という意味です。民事訴訟においては,当事者に対して「〇〇とはどういうことですか?」とか「〇〇について立証してください。」とかを言うことをさします。
つまり,裁判所のおせっかいなわけです。
この釈明権は弁論主義を補完する役割をもつとよく説明されます。ただし,人事訴訟でも釈明権は認められているので,厳密には当事者主義を補完する役割をもつといえるでしょう。
弁論主義(特に第1テーゼ)では当事者の主張のない事項は裁判所の基礎とすることはできませんでした。これは当事者主義をもとにしていましたね。
これをうけて,裁判所は,自身である事実について疑問をもったとしても,主張がなければ,その事実を裁判の判断に入れることはできません。こうすると裁判所は悲しいですよね。
そこで裁判所は釈明権を使って,当事者に「〇〇の事実を裁判の判断に含めたいから立証してくれよ~」というようか形で釈明を促すのです。これを弁論主義(当事者主義)を補完すると言っているわけですね。
民事訴訟法149条1項
(釈明権等)第百四十九条 裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる。
民事訴訟法149条1項では釈明権について規定しています。この規定は釈明権しか規定していませんが,解釈上は釈明義務もあるとされているのです。つまり釈明権を行使しなかったら違反である場合もある,と想定されているわけです。
釈明義務
さらに,解釈で釈明義務すら認められています。これは「あの時,裁判所は〇〇の事実を知っていたのに,釈明権を行使しなかったじゃん。あの時,裁判所には釈明義務があったんだぞ!上訴してやる!」というように上訴理由にもなるのです。
このように釈明権・釈明義務は,弁論主義(当事者主義)を補完するものでありながら,時として当事者主義と緊張関係をもつことにもなります。釈明権・釈明義務は裁判所が当事者主義に介入するであり,これを広く認めてしまうと,当事者主義の前提が成り立たなくなってしまいます。
そこで,釈明義務の範囲が問題になってくるわけです(釈明権の範囲も問題になるが,釈明権の行使(釈明のしすぎ)を是正する手段は用意されていないため,基本的にこの点を問題にする意味がない)。
なるほど。それで釈明義務の範囲が問題になるわけですね。
ちなみに,釈明権と釈明義務は表裏一体のものと考えておくとよいだろう。釈明権があれば釈明義務があるし,釈明義務があれば釈明権も認められる,ということさ。
学説上,釈明権と釈明義務の関係性は議論のあるところだけど,表裏一体の関係として捉えておくのが楽よね。
釈明権・釈明義務の範囲
釈明権と釈明義務は表裏一体関係にあると考えるのが一般的だと思います。釈明義務の範囲を考えることが同時に釈明権の範囲を考えることにもなるのです。
以下では釈明義務の範囲を中心として考えていきますが,これはすべて釈明権の範囲でもあるということを意識しておいてくださいね。
釈明義務の範囲を考える際には,まず釈明を2種類に分けてみましょう。消極的釈明と積極的釈明です。
消極的釈明
当事者の申立てや主張が不明瞭または矛盾している場合に,その趣旨を問いただす釈明権の行使をいいます。一般に消極的釈明の場合は釈明義務があるとされています。
これは消極的釈明は当事者の主張がちょっとおかしいために裁判所が聞いて確認するものなので,最初の主張はあくまで当事者から始まっており,私的自治・当事者主義の観点からしても問題がないと考えられているからです。
さすがに,裁判所はこれをしてあげないとダメよ,ということで消極的釈明をしなかった場合には釈明義務違反となるわけですね。
積極的釈明
当事者が申立てや主張をしていない場合に,これを積極的に示す釈明権の行使を言います。一般に積極的釈明の場合は釈明義務はないとされています。
この場合は基本的に釈明義務は認められないため,裁判所は釈明をしなくても問題ありません。さらに,釈明権と釈明義務は表裏一体の関係にあるため,逆に積極的釈明権を行使してしまうと,釈明権違反(釈明のしすぎ)となります。しかし前述のとおり,釈明権違反は是正手段がないため,どうすることもできないといえるでしょう。
ところが,例外として積極的釈明義務を認める場面もあるとされています。それは事案による判断なのですが
両当事者に有利不利の観点から釈明義務を課しても問題ない場合
には積極的釈明義務が認められることもあるとされているのです。たとえば,審理中にすでに表れている事実証拠で認定できる場合などですね。
ただし,例外的なので,基本的に積極的釈明義務は認められない,と考えておくと楽でしょう。
法的観点指摘義務
これは裁判官が考えている法的観点(法的構成,権利主張の方法など)について当事者に示す義務のことをいいます。これは一般的にないとされています。
というのも,民事訴訟法149条1項は
(釈明権等)第百四十九条 裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる。
法律上の事項についても釈明権を認めているため,わざわざ釈明義務と法的観点指摘義務とで分ける必然性はあまりなく,法的観点指摘義務は積極的釈明に分類されると考えると楽だからです。
積極的釈明には基本的に釈明義務がないとされているため,法的観点指摘義務にも釈明義務はないというわけですね。例外として,両当事者に不利のない場面では許されるかも,というだけです。
まとめ
釈明権・釈明義務をみてきました。以下で復習してみましょう。
②釈明権と釈明義務は表裏一体の関係にある。
③問題となるのが釈明義務の範囲であり,消極的釈明の場合には釈明義務はあるとされる。
④積極的釈明(法的観点指摘義務を含む)の場合には釈明義務は基本的には認められない。例外的に両当事者に不利のない場面(すでに審理の中で事実証拠があり時間をかけずに認定できる場合)には積極的釈明義務が認められる。
読んでくださってありがとうございました。ではまた~。
参考文献
民事訴訟法で初学者向けの基本書を見つけるのは難しいですが,以下の本は薄くかつ分かりやすいのでおすすめです!よかったら読んでみてください。