不真正不作為犯の検討ポイントをわかりやすく解説してみた【刑法総論その12】

不真正不作為犯刑法
法上向
法上向

不真正不作為犯について解説していきたいのだが,不真正不作為犯ってどういう場合かわかるかい?

えっと,何もしないことが罪になるやつですよね。

法上向
法上向

ということは,川におぼれている他人を助けなかったら罪になるのかい?

んー,何もしないことが罪になるってなるとあらゆることが罪になりそうですね。どう考えればいいんでしょうか。

不真正不作為犯は刑法総論の中で独立的に設けられることの多い分野です。条文上には書かれていないが不作為であることが罪となる場合を指します(条文上に書かれている場合は真正不作為犯といいい,保護責任者遺棄罪などが有名ですね)。

不真正不作為犯には条文がないので独自に考えるポイントを覚えるしかありません。しかしなぜそのポイントを検討しなければならないかを理解せずに覚えようとすると忘れてしまいます

ここでは趣旨から検討ポイントを理解していこうと思います。

不真正不作為犯のポイント

不真正不作為犯の検討ポイントはほぼ確立されています。作為可能性・容易性作為義務,因果関係,故意です。

では不真正不作為犯がいつもの形式のどこに当たるかわかりますか?結果→行為→因果関係→故意→……行為に該当します。なのでそのあとに因果関係や故意が出てくるのは当たり前ですね!

ということで不真正不作為犯の作為可能性・容易性,作為義務を中心に学んでいきましょう。

①不真正不作為犯がなぜ罰せられるかを理解する。
②作為義務,作為可能性・容易性について理解する。
③不真正不作為犯の場合の因果関係,故意の考え方について理解する。
それではみていきます。

不真正不作為犯は作為と同視できる事情があるから罰する

不真正不作為犯とは,一定の行為をしないことが犯罪とされるものです。よくあげられるのが殺意を持ちながら赤ちゃんを放置して死亡させるような場合がこれにあたります(不作為の殺人罪)。

つまり,不作為によって通常の犯罪を実現する場合と理解しておけば大丈夫でしょう。

問題はなぜこのようなものを認めているかです。一般的に犯罪は行為を行わなければ犯罪は成立しません。当たり前ですね。しかし,刑法では作為義務=作為をすべき立場にあるのにしなかった場合は通常の作為による犯罪と同視できると考えているのです。

よって,不真正不作為犯においては作為義務があるのかどうかが非常に重要になります。作為義務があるのに→作為をしないことが=作為義務違反が不真正不作為の要件となるのです。これであらゆる不作為に不真正不作為犯が成立するわけではないというがわかります。

これでなぜ不真正不作為犯の際に作為義務を検討すべきかがわかってもらえたのではないかと思います。

不真正不作為犯は不作為によって犯罪を実現する犯罪である。そのときの不作為は作為と同視できる不作為=作為義務違反でなければならない。

不真正不作為犯の要件は作為可能性・容易性と作為義務

不真正不作為犯の要件の確認

不真正不作為犯は条文に規定されていないので要件を覚えるしかありません。一般的に以下のように考えられています。

①作為可能性・容易性②作為義務

作為義務がなければ不真正不作為犯が成立しないのは前述のとおりです。作為義務がないと不作為を作為と同視できないからでしたね。

作為可能性・容易性は作為義務の前提の要件となります。つまり実質的には要件は作為義務のみということです。作為義務から見ていきましょう。

作為義務は排他的支配,先行行為,保護の引受けを考える

作為義務の根拠を何に求めるかについては学説が錯綜しています。ここでは作為義務があるとされる代表的な例を3つあげます。とりあえずはこの3つを中心に作為義務を考えると思っておけば大丈夫だと思っています!

排他的支配

排他的支配は,因果関係を排他的に支配した場合を言います。よくあげられる例が倒れている人を見つけ助けようと思い車に乗せたが,気が変わり殺意を持って山の中に放置した事例です。倒れている人を見捨てただけでは作為義務は肯定できません。しかし,車に乗せた以上,その人が死ぬか生きるかはその人に託されたことになります(他の人はもうその倒れている人に関与できないため)。

排他的支配という言葉だけを覚えて何を排他的支配するか忘れてしまう場合が多いと思うので,しっかりと因果関係を排他的支配する場合だと理解しましょう。

先行行為

先行行為は,自身の行為により助けないといけない状況を作り出した=因果関係を設定した場合を言います。

たとえば車で人をひいてしまったがそのまま殺意をもって放置し死亡させた事例です。この場合は自身の行為によってその人に傷害を負わせたので先行行為があるといえます。自分が死への因果関係を設定したということです。それにもかかわらず放置しているので不作為の殺人が問えるということになります。この場合も因果関係がキーである点に注意しましょう。

保護の引受け

保護の引受けは,法益の保護が行為者に依存している場合を言います。お前が保護するって言ったのだから最後までやりとげよ,という理論ですね。

たとえば自分の子どもがおぼれた場合を考えてみましょう。その場合,子どもの保護を引き受けているのは一般的に親です。よってこの時点で助けるという作為義務があることになります。

お分かりの通り排他的支配や先行行為と重なる部分の多い理論です。たとえば排他的支配の場合の事例:倒れている人を見つけ助けようと思い車に乗せたが気が変わり殺意を持って山の中に放置した事例保護の引受けとしても説明できるといえます。

作為義務をどう考えるか

これら3つの考え方を理解し,事案に即してよりよい作為義務の理論を考えていけばいいと思います。ちょうどトレーディングカードゲームでその場でよりよい手札を考えるようなものです。

どうすれば作為義務という効果を発生させることができるのか?今回は先行行為があるから先行行為のカードを使うか?いやはや,保護の引受け排他的支配でダブルアタックをした方が強いか?そういったことを考えてみるとわかりやすいと思います。

作為義務

作為可能性・容易性の検討を忘れない

作為義務があると認定してから安心してはいけません。本当に作為義務の前提には作為可能性・容易性が必要になります。つまり,作為義務があるべき状況であっても作為可能性がない場合や作為義務が容易にできそうにない場合には作為義務は実質的にはないことになるのです。

たとえば先ほどの子どもがおぼれている事例を考えてみましょう。

溺れる

保護の引受け等で親に作為義務がありそうな場合ですね。しかしこの場合でもその親がまったく泳げない親であれば作為可能性,少なくとも作為容易性はありません。よって作為義務の前提を欠く=作為義務はないことになります。(とはいえ,ライフセーバーを呼ぶなど助けを求める義務として作為を認めるといった考え方はありうると思います)。

作為義務は,排他的支配,先行行為,保護の引受けを中心に検討するとよい。作為義務の前提となる作為可能性・容易性の検討を忘れない。

不真正不作為犯の因果関係と故意

不真正不作為犯は作為義務が主として議論されますが,因果関係故意も意外と重要です。もちろんこれは不真正不作為犯の議論に特有のものではなく一般的な順序としての因果関係,故意の検討である点は理解しておきましょう。

因果関係は条件関係,危険の現実化を不作為犯に応用する

通常の因果関係の考え方はよいでしょうか?もし不安の方は以下の記事を参照してください。

不真正不作為犯の因果関係はその応用です。

まず条件関係から見ていきましょう。条件関係はAなければBなしといえればAとBとの間に因果関係(事実的因果関係)が認められるというものでした。これを不作為犯に置き換えるとどうなるかわかりますか?

AなければBなしではなく,AがあればBはなかったと考えることになります。つまり,赤ちゃんを放置して死なせた場合は,「A=〇〇の時に助けていれば,B=赤ちゃんは死ななかった」といえれば事実的因果関係はあることになります。

不作為の場合なので当たり前と言えば当たり前ですね。Aは作為義務のところで問題にした作為が入ることになります。

問題はどの程度因果関係があればよいかです。これは合理的な疑いを超える程度に確実であると認められる場合とされています。つまり意外と因果関係が認められるハードルが高いということになります。

この行為(作為義務)をしていればほぼ確実に助かったのにお前はやらなかったんだー。だから罪を問う。

といえるということです。ほぼ確実=合理的に疑いを超える程度の確実性が必要というわけですね。

条件関係が認められれば危険の現実化(法的因果関係)を検討することになります。ここは通常通りなので上記記事に譲ります。

故意は不作為時点で必要

不作為犯の故意を見落としてしまう場合が多いと思います。あくまでも作為義務とかは結果→行為→因果関係→故意→……の中の行為の中の話なので,故意の検討をわすれてはなりません。

この故意は,不作為時に必要とされます。

え,そんなの当たり前じゃないですか。

法上向
法上向

意外と勘違いしやすいんだよ。故意の検討というのは,作為義務,作為可能性・容易性,そして因果関係が認められた次の段階だ。よってまず故意の前提である作為義務,作為可能性・容易性,因果関係があるといえる時に故意がないといけないんだ。

んー,ということは,すでに手遅れの場合に故意を生じた場合は不作為の故意とはいえないということですか?

法上向
法上向

そういうことだ。作為義務がある場合でも,もうすでに病院へ運んでも手遅れ=因果関係がない時に殺人の故意が生じた場合,それは不作為の故意とはいえないということだな。

不真正不作為犯の場合は,あくまで作為義務(作為可能性・容易性が前提),因果関係が認められたうえで故意を検討しており,故意は不作為時=実行行為時に必要になるので,因果関係が切れた以降での故意は関係ないということです。

故意は真正不作為犯と不真正不作為犯の区別でも利用されるので,不真正不作為犯の場合でもしっかりと認定するようにしましょう!

不真正不作為犯でも因果関係と故意は必要。因果関係は「AがあればBがなかった」ことを検討するが,合理的な疑いを超える程度に確実であったといえるような場合のみに因果関係が認められハードルが高い。
故意は不作為時に生じてなければならない。

まとめ

不真正不作為犯の基本は行為の問題なので作為義務です。しかし他の要素,作為義務の前提である作為可能性・容易性因果関係故意の検討を落とさないようにしましょう!

以下にまとめをつくってみました。参考になれば幸いです。

読んでくださってありがとうございました。ではまた~。

参考文献

記事の目的上,とても簡潔にまとめているので,もっと深めたい方は以下の基本書を参考にしてください。わかりやすいのでおすすめです。

タイトルとURLをコピーしました