未遂犯の論点の中に中止犯ってありますよね?あれの考え方がいまいちなんですよね…
なるほど,たしかに学説の対立もあってわかりにくくなっているな。中止犯の前提はわかるかい?
えっと,行為をやっぱやめたーってやつですよね。
笑。中止犯の前提は結果が発生していないこと(結果との因果関係がないこと)だぞ!
結果→行為とみていくときに結果が発生していない場合や結果との因果関係が否定される場合があります。その場合にはまず不能犯を検討するんでしたね。そして不能犯が否定されて初めて未遂犯の議論,実行の着手等を考えていくことになります。
ここで未遂犯の中でも任意で行為を中止している場合は中止犯として刑が軽減したり免除されたりすることがあります(刑法43条ただし書)。今回はそんな中止犯についてみていきましょう。
中止犯は未遂であることが前提となります。つまり,不能犯,未遂犯,中止犯は仲良し三兄弟というわけです。不能犯や中止犯については以下の記事を参照してください。
中止犯のポイント
中止犯は前述のとおり未遂であることが前提です。意外と忘れやすいポイントなので何度も言います!そのうえで以下の2点だけを検討すればよいのです。
②中止行為について理解する。
③任意性について理解する。
刑法43条ただし書の中止犯とはいいやつのこと
刑法43条ただし書の確認
何度も言いますが,中止犯は未遂が前提です(くどい)。それは条文にも表れています。
(未遂減免)第四十三条 犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。
あくまでも刑法43条の未遂減免の中の規定なので未遂が前提ということですね。
つまり,不能犯,未遂犯,中止犯は仲良し三兄弟ということになります。なぜか基本書等では分かれて記載されていることがありますが,まとめて考えるとわかりやすいと思います。
よって不能犯・未遂犯とのかかわりは下の図のようになります。
要件は主に①中止行為②任意性の2つです!さっそくそれぞれを見ていきます。
中止行為は着手中止か実行中止か
未遂犯の実行の着手の考え方を応用せよ
中止行為の議論もさまざまですが,ここでは一般的とされる着手中止と実行中止で分ける考えで見ていきましょう。この考えとは別に因果関係で中止行為を考える説もありますがどちらも背景にある考えとしては共通していると思うので,それほど気にする必要はないと思います。ただ着手中止実行中止に分ける方がわかりやすいというだけです。
未遂犯の議論を思い出してください。未遂犯の実行の着手時期は判例は広くとっていたんでしたね?それを中止犯にも応用してみます。
実行を着手したが実行行為を終了しなかった場合の未遂を着手未遂といい,実行行為を終了したが結果が発生しなかった場合の未遂を実行未遂といいます。要はどの時点で中止をしたかを考えるのです。
犯人になったつもりで考えてください。まず何をしますか?
普通なら(?)犯罪計画を立てますよね(たぶん笑)。犯罪計画を立てていろいろ準備します。はい,ここで実行の着手になります(もちろん実行の着手の検討ポイント,不可欠性と遂行容易性と時間的場所的近接性は検討します)。
実行の着手後,やっぱりやめようと思ったとします。
するとこの場合はまだ実行行為(殺害するなどの行為)はしていないので着手中止となります。
一方で,人を刺して(実行行為)やってしまった~と思ったとします。
するとこの場合は実行行為をしているので実行中止となるのです。
分けられたら次はどうすれば中止行為になるか
着手中止と実行中止で分けられたらあとは簡単です。
着手中止の場合は不作為=何もしないでも中止行為になります。なぜなら放っておいても結果は発生しないからです。
一方で実行中止の場合は作為が必要になります。結果回避のために一生懸命がんばりを見せないといけないわけです。これを判例上は真摯な努力と表現されることが多いです。真摯な努力をしたかどうかを見るのです。なんか内申点をつける学校の先生の気分ですね(笑)。
どの程度で真摯な努力をしたかの判断は難しいです。
これは学校の先生の気分で見てあげましょう。たとえば急いで救急車を呼んで助けを求めた場合は真摯な努力をしているとして「大変よくできました」のハンコを押したいですよね。
一方で「悪かった」と思って中止しても自分が犯人だとばれるのは嫌だから目撃者として偽装して病院に連れていくような場合は真摯な努力とはいえません。真摯な努力は聖人の行為でないといけないわけですね(犯罪に着手している時点で聖人とはいえませんが……)。
任意性は学説によりさまざま。ここでは客観説で。
次に任意性についてです。中止行為をしてもそれが任意によるものでなければ中止犯は成立しません。たとえば犯罪を実行しているときにお母さんが出てきて「なにやってんの,あんた!やめなさい」と言われ「はい。」となって犯罪を中止した場合は任意性がないので中止犯は成立しないことになります。もちろん,未遂犯は当然に成立します。
自分からやめようと思うことが大事なのですね。
これを詳しく見ていきます。学説では限定主観説や客観説,主観説等議論が錯綜していますが,ここでは客観説で考えてみましょう。
一般人であれば中止しないのに中止した場合に任意性を認めると考えます。
たとえば先ほどの殺人の場面を考えてみましょう。犯罪計画も立てて用意周到であれば一般人ならそのまま行為に及びます。しかし本人は「やっぱり悪かった。やめよう」と思っていれば任意性が認められるということです。
判例ではこれに加えて主観面=後悔や悔悟などがあることも見ているようなものもあるので,主観面も合わせて考えてもいいと思います。
主観面を考慮する学説判例もある。
まとめ
さくっとまとめてみました。さて,要件を言えますか?中止犯は少ないので簡単ですね。
読んでくださってありがとうございました。ではまた~。
参考文献
記事の目的上,とても簡潔にまとめているので,もっと深めたい方は以下の基本書を参考にしてください。わかりやすいのでおすすめです。